(写真は四脚門)
浄土宗の藤田山道場院高声寺は、中心市街地から常総市三妻に向かい、バイパス交差点を越えた左側にあります。
この寺の開山は、唱阿性真です。性真は武蔵野国藤田郷の藤田(花園)城主民部少輔利貞の子息で、始め天台宗を学び、後に浄土宗を学び、浄土宗第3祖鎌倉光明寺の良忠上人の弟子となります。
高声寺の伝説として、開山がたまたまこの地を通ったとき、しきりに眠気を催して、仕方なくうとうととうたた寝をしていたところ、将門が夢に出てきて「自分に罪はないのだ。」と訴え、将門をざん訴するものがあったから、ついに京都から謀反人扱いにされて残念でならない、と嘆くのを夢見て、性真は哀れに思い、その霊を慰めようと寺を建てました。すると夜毎「ええ、おお」と気合をかける高い声が聞こえたので、寺名を「高声寺」と名付けたと伝えられています。
正応元年(1288)8月に藤田山高声寺は、中根の地に開山され、20世貞誉上人が貞享元年(1684)に現在の地に移したものです。その後、浄土宗藤田派の本山となり、将軍家智華寺として歴代将軍葬儀に参列し、徳川時代には270余寺を末寺としていました。
境内には、鐘楼、山門、開山堂、地蔵堂などがあり、ともに江戸中期の建造です。なかでも四脚門は、正徳5年(1715)の建立で、南禅様式の貴重なものとして、常総市の弘経寺の山門とともに注目されています。
高声寺(岩井3478)