1. ホーム>
  2. 坂東郷土館ミューズ>
  3. ミューズ企画展「飯沼新田物語」を開催しました

坂東郷土館ミューズ

ミューズ企画展「飯沼新田物語」を開催しました

たくさんのご来場、ありがとうございました

合併10周年記念企画展

飯沼新田物語 ~水との苦闘三〇〇年 豊作を夢見た先人たち~

『飯沼物語チラシ』の画像
江戸時代の中期に開発された飯沼新田が、現在のような美田として整備されるまでの苦難の歴史をさまざまな資料を通して紹介しました。

【会 期】 平成27年10月3日(土)~12月27日(日)
【開館時間】 平日=午前10時~午後6時30分/土・日・祝=午前10時~午後5時
【休館日】 月曜日(祝日の場合は開館)、祝日の翌日
【入館料】 無料

企画展チラシPDF こちらをクリック

【会場の様子】
享保期に干拓成就を祈願した血判起請文や絵図、荒廃農村の復興に尽力した名代官父子の紹介のほか、大正・昭和期の巨大な耕地改良図や洪水被害の惨状を伝える写真、幸田排水機場の模型、さらに平成27年9月の記録的豪雨がもたらした飯沼耕地の冠水被害の写真も展示しました。

『会場の様子1』の画像『会場の様子2』の画像
『会場の様子3』の画像『会場の様子4』の画像

『『会場05』の画像』の画像『『会場06』の画像』の画像

 

【団体見学の様子】

今回の企画展では、学校の社会科郷土学習や歴史愛好会、土地改良区関係者、地方史研究者など多数の団体が見学に来館しました。
見学では職員が、飯沼新田開発の歴史を詳しく解説、展示資料の説明や地域の知られざるエピソードを紹介しました。

『『沓掛小 見学』の画像』の画像『『沓掛小 見学2』の画像』の画像

12月10日(木)沓掛小学校4年生47名の皆さんが見学に来られました。
展覧会見学後は、飯沼新田開発の干拓完成を祝って造立された本殿がある沓掛香取神社や、岸本代官父子の善政を讃えて領民がが建てた功徳碑がある藤岡稲荷神社(沓掛諏訪山)にも足を運ばれたそうです。


【企画展図録】
飯沼新田300年の歴史がこの一冊ですべてわかる!
『『飯沼新田展図録表紙』の画像』の画像
価格500円 好評発売中です

『『現在の飯沼新田耕地』の画像』の画像
「飯沼新田」について

 飯沼新田は、江戸時代の享保年間に干拓・開発されました。現在の坂東市、常総市、古河市、八千代町の三市一町にまたがる美田は、「飯沼三千町歩」と称されています。
 享保9年(1724)、地元村々の開発願いに対する幕府の許可が下り、巨大な沼地であった飯沼を干拓する大規模な新田開発が行われました。この開発によって31新田が成立し、飯沼は一大穀倉地帯に生まれ変わったものの、構造的な排水不良や利根川の河床上昇による逆水の流入は如何ともしがたく、大雨時の水害は絶えることはありませんでした。以後、水との戦いは、近現代の最新技術導入によって排水問題を解決するまで300年の長きに亘りました。
 現在の飯沼耕地は、さまざまな改良事業・耕地整理が行われたことにより、近代的で実り豊かな水田地帯となっています。


【展示している資料】

【享保期の新田開発】
今から約300年前、飯沼廻り村々の開発願いに対し、幕府は現地調査の上、新田開発許可を与えました。地元村々は幕府役人・井澤弥惣兵衛の指揮の下、大干拓に取り組み、飯沼31新田が成立しました。
『新田開発起請文』の画像
飯沼廻り村々の名主・組頭144名の血判連印のある起請文。
村人たちはこれを沓掛香取神社神前に捧げて干拓の成就を誓った。
『飯沼新田絵図』の画像
飯沼新田絵図
開発によって成立した31新田を描いた絵図。
『香取神社本殿』の画像
干拓完成を祝って造立されたといわれる沓掛香取神社本殿。

【荒廃農村の復興に尽力した名代官父子】
今から約220年前、飯沼廻りの村々を治めた代官・岸本武太夫とその子・武八は、さまざまな政策を実施して農村の復興と民政に尽力し、「飯沼新田中興の名代官」と慕われました。
『武太夫イラスト1』の画像『武太夫イラスト2』の画像
農村復興に尽力した名代官・岸本武太夫の生涯をイラストで紹介。
『岸本二世功徳碑』の画像
岸本君二世功徳碑(沓掛・藤岡稲荷神社)
江戸時代の代官・岸本武太夫父子の善政を讃えて建立された。

【近現代の改良事業】
飯沼耕地は、近代技術が導入され排水設備が完成するまで度々の水害に見舞われました。明治・大正・昭和とさまざまな改良事業、河川改修、耕地整理が行なわれ、現在の美田地帯となりました。
『反町閘門』の画像
明治時代に利根川からの逆水防止ために設置された反町閘門
『西仁連川改修工事』の画像
昭和初期の困難な時代に行なわれた大改修工事で、西仁連川は現在のような河道となった。
『幸田排水機場』の画像
昭和12年に設置された幸田排水機場は、長年にわたり飯沼川流域の排水に貢献した。
現在は2代目機場が稼働している。

【昭和初期、飯沼を襲った洪水】
一昔前まで一度雨が降ると飯沼耕地の河川はたちまち増水し、水田に氾濫しました。水田耕地への被害は毎年のように発生し、住民の生活にも大きな影響が出ました。
『S10洪水01』の画像『S10洪水02』の画像
昭和10年の洪水被害の様子
『S13洪水01』の画像『S13洪水02』の画像
昭和13年の洪水被害の様子

【現在の飯沼耕地】
現在の飯沼耕地には区画整理された水田が広がっています。先人たちは、水田を襲う水害と戦い、長い時間をかけて豊かな穀倉地帯を作り上げました。
『空から見た飯沼耕地』の画像
空から見た現在の飯沼新田(坂東市勘助新田付近)。西仁連川と建設中の首都圏中央連絡自動車道路(圏央道)が写る。
『法師戸水門』の画像
法師戸水門は菅生沼南端に設置され、利根川増水時の逆水を防止し上流の飯沼耕地をまもっている。
『鯉魚拓』の画像
大きさ115センチ・重さ14キロという巨大鯉の魚拓。菅生沼に注ぐ飯沼川で捕獲されたもの。
『飯沼耕地の冠水』の画像
平成27年9月の記録的豪雨では飯沼耕地も冠水し、農作物に大きな被害が出た。

関連ファイルダウンロード

Get Adobe Reader

PDFファイルをご覧いただくにはAdobe Readerが必要です。
お持ちでない方は、左のボタンをクリックしてAdobe Readerをダウンロード(無料)してください。

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは資料館です。

〒306-0502 茨城県坂東市山2726番地 

電話番号:0297-44-0055又は0280-88-8700

メールでのお問い合わせはこちら
スマートフォン用ページで見る